080622

Agnimon 发表于 2008-06-22 00:06:09

今天看方丈记,忽然发现几段很有感觉的话,于是忍不住就糟蹋了…

もし日うらゝかなれば、嶺に攀ぢ上りて、遙かに故郷の空を望み、木幡山·伏見の里·鳥羽·羽束師を見る。勝地は主なければ、心を慰むるにさはりなし。あゆみ煩ひなく、こゝろざし遠くいたる時は、これより峯つゞき炭山を越え、笠取を過ぎて、岩間にまうで、あるは石山を拜む。もしはまた粟津の原を分けて、蝉丸の翁が跡を弔ひ、田上川をわたりて、猿丸太夫が墓をたづぬ。歸るさには、をりにつけつゝ、櫻を狩り、紅葉をもとめ、蕨を折り、木の實を拾ひて、かつは佛に奉り、かつは家づとにす。

若夫天朗气清,则登临绝顶,望故土于苍苍之下,目乡里于冥冥之间。木幡之山,伏见之乡,明灭可见;鸟羽之城,羽束师之镇,渺茫犹现。胜地若无主,则清心而无障。
至若不劳跋涉,欲适远方之时,越炭山,过笠取,诣于岩间,拜于石山(这两个都是寺庙的名字)。或而复前行,踏粟津之原,吊蝉丸翁之旧迹;渡田上之川,访猿丸太夫之陵。
归途之中,应于时令,赏春之素樱,寻秋之霜叶,折野厥,拾野果,既奉于佛,亦携以归。

もし夜靜かなれば、窗の月に古人を忍び、猿の聲に袖をうるほす。叢の螢は遠く眞木の島の篝火にまがひ、曉の雨は自ら木の葉吹く嵐に似たり。山鳥のほろ\/と鳴くを聞きても、父か母かと疑ひ(*行基の和歌を踏まえる)、峯のかせぎ(*鹿)の近く馴れたるにつけても、世にとほざかる程を知る。あるは埋火をかきおこして、老の寢覺の友とす。おそろしき山ならねど、梟の聲をあはれむにつけても、山中の景色、折につけて盡くることなし。いはんや深く思ひ、深く知れらむ人のためには、これにしも限るべからず。

若夫长夜寂寂,月华落于窗棂,凭窗思故人,猿啼润袖襟。丛草萤火点点,宛若真木岛上篝火星星;晓来春雨沥沥,恰如过林山风拂叶淅淅。闻雉声声慢,疑是父母唤。狎近于山间之野物,疏远于红尘与世间。或生炭火,以为共枕之老友。山非非常之物,然听得鸱鸺夜鸣,亦感于造化之妙、神工之巧。时过境迁,沧海桑田,然山中之景,顺时而生,取之无禁,用之不竭,诚造物者之无尽藏也。其景其形,自非一语三言所能道尽,深思博才者不当限于此。

诌古文实在太累了…下面这些评论性的话还是直接用白话吧…

すべて世の人の住家をつくるならひ、必ずしも身の爲にはせず。或は妻子眷屬のためにつくり、或は親昵朋友のためにつくる。あるは主君師匠、および財寶馬牛のためにさへ是をつくる。われ今身のためにむすべり。人のためにつくらず。ゆゑ如何となれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、たのむべき奴もなし。たとひ廣くつくれりとも、誰をかやどし、誰をかすゑむ。

天下的人都有造屋子的习惯,但这并不是为了自己。有的人是为了妻室子女,有的人是为了亲戚朋友,抑或是君王恩师,甚至是财宝牲畜。如今我只为自己造屋,并不为他人所造。因为不管怎么说,凭今日的世风与本人的光景,既没有人可以同行,也没有人可以依靠。即使造了大屋,又能让谁休憩,又能让谁居住呢?



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